勿論、前述したようにこのような神秘主義的概念は多くの場合後付けですので全てを鵜呑みにするのは良くありません。荒唐無稽なものも数多く含まれているからです。特に「陰陽五行説」はそもそもが政治思想に応用されがちで、中華思想に繋がる差別的色彩の濃い理論でもあるのでその点には注意が必要です。それでも私達現代の武術家がこれらを重用するのは一定の効果があるからなのです。これは特に実際の戦闘に役立つことが多いのです。これもまた具体例を示すことが憚られますので大変申し訳なく思うのですが、経験した者ならば誰もが承服する事柄です。
もう一点、これら氣や武術に関する事柄は前述の神秘主義が主体になって作られたわけではないことをこの場で強く主張しておきたいと思います。何度も申し上げますが、これらは後付けの理論なのです。こういった神秘主義的概念を基に武術が作られたということはまずあり得ません。そのことをご理解いただけたらと思います。
一例を挙げますと内家拳の一翼を担う八卦掌などは成立してからまだ100年にも満たない新参の門派です。この門派の歴史伝承を辿りますといかに武術の「ブランド化」が行われ易いのかがわかると思います。八卦掌の創始者とされます董海川公、その弟子の尹福、程庭華の頃までは「八卦掌」の名称すらなかったと云います。要するに八卦掌と現在呼称されている武術が「易経」から作られたわけではないのです。
太極拳も同様で、創始者の楊露禅は自らの業を「綿拳」と称していたようですし、その源流である陳家溝の人々も自分達の武芸の名称は定めていなかったそうです。それが後代に至るにつれて伝承者によっては「ブランド化」する為に理論武装を行った結果が色々な古代神秘主義の色付けになったといえます。
この辺りの考証は専門の学者の方が詳細に実地調査されていますのでそちらを参照下さい。(近年でも嵩山少林寺などは強力なブランド化を進めておられるようで、現在の住持(住職)の方はMBA(経営学修士)を取得されたビジネスマンだそうです。エンターテイメントやスポーツ産業、ファッション業界で「少林」の名称はもはや気軽に使えなくなったといわれています。武術のブランド化の様態を私達はリアルタイムで見ている事になります。)